人類がこれまでの歴史の中で積み重ねてきた文明や文化、科学技術、価値観の変遷、さらには個人の経験や記憶、日々の生活の中で何気なく行っている選択や行動の積み重ねが現在の社会を形成しているという前提に立った場合、私たちが普段「普通」と呼んでいる状態や感覚は、果たして本当に客観的な意味で普通と呼べるものなのか、それとも単にその時代や地域、あるいは個人が置かれた環境によって一時的に共有されている認識に過ぎないのかという点について考察する際、例えば朝起きてから夜寝るまでの間に人が無意識のうちに行う数多くの判断の中には、本人が意識していないだけで実は極めて重要な意味を持つものも存在する可能性がある一方で、本人は重要だと思っていても実際にはほとんど意味のない判断も含まれているかもしれず、そのような観点から見たときに、仮にある人物が特に理由もなくコンビニでおにぎりを買う際に鮭ではなくツナマヨを選択したという出来事について、それがその人の人生や社会全体、さらには宇宙の長期的な未来にどの程度の影響を与えていると考えるべきなのでしょうか。