月光が障子を淡く照らす奥座敷。
雪乃は裳着の儀を終えたばかりの新妻。
白小袖に緋の袴、引眉とお歯黒が施され、幼馴染の従兄・頼重の妻となった今夜。
頼重はつい先日、合戦から帰還したばかり。
長い行軍と戦場生活で、風呂など入る暇はなかった。
体は汗と血と泥と馬の臭いが染みつき、特に下半身は数週間洗われぬままの強烈な悪臭を放っている。
常人なら近づくだけで目が痛み、吐き気を催すほどの匂い。
だが雪乃は、そんな夫の匂いを嗅いだ瞬間、体が熱くなった。
頼重は静かに雪乃の前に座り、手を取る。
掌は熱く、汗で湿っている。
全身から立ち上る匂いが、雪乃の鼻を直撃する。
酸っぱく、むせ返るような男の獣臭。
股間からは特に濃厚な、腐敗したチーズのような、魚の内臓を思わせる異臭。
「……雪乃。ようやく、俺の妻だ」
雪乃は目を伏せ、頰を赤らめる。
だがその鼻は、無意識に頼重の匂いを深く吸い込んでいる。
「……はい。雪乃は……今日から、頼重様だけのものです。ずっと……この匂いを、待っていました」
頼重は少し驚いたように眉を上げる。
「匂い……? 俺は戦場帰りで、風呂も入っておらぬ。臭いぞ。嫌ではないか?」